重要情報
2010年7月11日
公開シンポジウム:「改定臓器移植法」施行を問う を開催いたします。

2009年7月13日
生命倫理会議 参議院A案可決・成立に対する緊急声明 を発表いたしました。

2009年6月18日
生命倫理会議 衆議院A案可決に対する緊急声明 を発表いたしました。

2009年6月11日
生命倫理会議 臓器移植法改定に関する徹底審議の要望 を掲載いたしました。

2009年5月12日
生命倫理会議 臓器移植法改定に関する緊急声明 を発表いたしました。

2009年5月12日火曜日

臓器移植法改定に関する緊急声明



生命倫理会議 臓器移植法改定に関する緊急声明

2009年5月12日

生命倫理会議 代表 東京海洋大学教授 小松美彦


 生命倫理会議は、生命倫理の教育・研究に携わっている大学教員の集まりです。私たちは、先端医療やバイオテクノロジーが単に医学・医療や科学技術の問題に留まらず、文化・文明・社会の今後を決定づけかねないとの認識のもとに、教育・研究を行ってまいりました。しかるに、マスメディア報道によると、臓器移植法の改定が今国会での重要案件となり、しかも改定法案を厚生労働委員会で審議もせぬまま、本会議で採決する蓋然性が高い、とのことです。そこで、私たちは臓器移植法改定に関しても社会的責任を負った生命倫理に係わる研究者として、象牙の塔にこもることなく、広く社会に対して以下の見解を表明いたします。


1)脳死・臓器移植は、脳死者という他の患者からの臓器提供によってしか成立しないため、十全な医療とは言えない。医療が患者本人で完結せずに、脳死者という他の患者の“死”を前提とする以上、さまざまな問題が生じることは避けられない。

2)その一環として臓器不足が叫ばれて久しいが、「臓器不足」とは「脳死者不足」に他ならない。一体、臓器移植の必要数に見合った脳死者が生じる社会とはいかなる社会なのか。例えば現今の日本の人工透析患者26万人を、仮に脳死・臓器移植で救おうとするなら、最低13万人もの交通事故などによる脳死者が必要になる。

3)臓器不足を解消するのに最善の策とされるA案は、脳死の扱いと臓器の提供条件に関して、米国ですでに22年前から施行されている法律と基本的に同様である。にもかかわらず、米国でも“臓器不足”の解消は果たせず、そのため日本とは逆に、従来は禁忌の対象であった生体移植が増えている。それゆえ、A案に限らずいかなる法規定であっても、“臓器不足”を解消しがたい。

4)またA案もD案も、臓器提供をめぐる「本人同意」さえ不要としているが、それは現行法の基本的理念を改廃することであり、もはや「見直し」ではなく「新法制定」と言っても過言ではない。だが両案では、現行法制定までの議論すら顧みないまま、臓器提供の条件緩和に主眼が置かれている。この点で両案には、人の生死の問題を扱うのに必須の慎重さが欠けていると言わざるをえない。

5)そもそも臓器移植の成績は生着率・生存率で示されるだけで、肝腎な延命効果は、統計分析されていないため、明らかではない。心臓移植をしない方が1年生存率は高い、という米国の研究論文すらある。したがって、まず臓器移植をした場合としなかった場合の生存率を比較調査し、さらに臓器移植の予後について、良好な場合も、そうでない場合も明らかにし、科学的な検証がなされるべきである。

6)近年の米国では多臓器移植に代わる体外腫瘍切除が行われ、日本でも移植適応の拡張型心筋症の乳幼児へのペースメーカー治療が始まっている。政府・国会は本来、臓器移植を待つ患者のためにはそのような代替医療の援助にこそ尽力し、また国民すべてのために、交通事故対策と救急医療体制の再建を通じて、脳死者の数が増えないように努めるべきである。

7)翻って、最も重大なこととして、「脳死=死」が科学的に立証されていない。体温を保ち、脈を打ち、出産も可能で、滑らかな動き(ラザロ徴候)を見せる脳死者が、なぜ死人といえるのか。また、死人ならなぜ臓器摘出時に麻酔や筋弛緩剤を投与するのか。世界的に唯一公認されてきた有機的統合性を核とする科学的論理も、最高21年生存した長期脳死者の存在により破綻したと言える。仮に子供の完璧な脳死判定方法が実現しても、それは「脳死状態」を確定できるだけで、「死」を規定できるわけではない。

8)さらに、臓器移植法が存在しても、「ドナー=脳死者」の人権蹂躙が問題となる。例えば現行法下で行われた81人の脳死判定と臓器摘出では、法律・ガイドラインの違反が多々なされてきた疑いがぬぐいきれない。政府・国会はまずこれらを精査すべきである。精査しない限り、「ドナー=脳死者」の人権が守られる見込みはなく、人権蹂躙は子供にまで拡大しかねない。またD案のように、「ドナー=脳死者」の保護のための「第三者機関」を設けたとしても、その実効性は乏しいことが予想される。

9)そして、「脳死=死」を規定したと読めるA案が成立した場合、少なからず存在する長期脳死者は命を断たれうる。しかしながら、長期脳死者とその家族が必死に生きている姿についてほとんど知られないまま、いかに臓器提供を増やすかの議論ばかりがなされている。臓器移植を人間同士の連帯と見るなら、(長期)脳死者との連帯も考えなければならない。

10)政府・国会およびA〜D案などの各法案の提出者・賛同者は、少なくとも以上について徹底的に審議し、まず国民に納得のゆく見解を提示する責務がある。また、そもそも、人の生死の問題を多数決に委ねたり、法律の問題にすり替えたりするべきではない。

「生命倫理会議緊急声明」連名者